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Saturday, January 7, 2012

Kumiodori of Okinawa

今日は、沖縄伝統芸能のひとつである組踊(くみおどり)についてお話いたします。

組踊は沖縄を代表する伝統芸能で2009年に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産代表一覧表に記載登録されました。1719年に琉球王朝時代の踊奉行玉城朝薫により初めて上演され、5つの組踊り演目が彼により創作されたと言われています。

組踊とは、台詞、歌(音楽ー生演奏地謡)、踊りの三要素が組み合わされた歌舞劇のことで、三つのうち、一つの要素が欠けてしまっては組踊りが成立しません。登場人物の台詞(八、八、八、六形式の歌詞を基本とする語りのような唄)と踊り(古典舞踊)そして地謡(音楽団)の生演奏とそれぞれが高度な技術が要求される舞台芸術のこと。

演目に関しては、本土の歌舞伎演目に影響を受けているようです。たとえば、歌舞伎で有名な題材に、道成寺の作品がありますが、その題材をヒントにしたのが「執心鐘入」という組踊りです。本土の歌舞伎舞踊のおどりにヒントを得たおどりも組踊りに登場しています。たとえば、琉球古典舞踊の「高平良万才」の演目ですが、組踊「二童敵打」の一場面で踊られている古典舞踊ですが、日本歌舞伎舞踊の萬歳おどりにヒントを得ているようです。琉球古典舞踊の部類に、二才おどりがありますが、黒紋付の衣装や扇の扱いかた手足の所作は、歌舞伎男おどりに影響を受けているわけです。沖縄男おどり「秋の踊り」には、日本舞踊の所作が随所に出てきます。

昭和47年、沖縄が本土復帰すると同時(今から丁度40年前)組踊りがわが国の優れた芸能の一つとして能楽、文楽、歌舞伎などど同じ国の重要無形文化財に指定されました。王朝時代の踊奉行らによって創作された組踊は、現在約70余りの作品が確認されているとのこと。

玉城朝薫は、芸能に優れた才能を持ち最先端の大和芸能や文学にも精通し新作の組踊りを創作し中国からの使者をもてなす席で初演された組踊が今日に伝わっているようです。彼の代表作「執心鐘入」(男女の恋のやりとりをみごとに表現した作品として有名)の場面で唄われた台詞(琉球歌)を紹介しましょう。

宿の女:をとこ(男)生まれても、恋知らぬ者や、玉ぬさかずきの、底も見らぬ
中城若松:女生まれても、義理知らぬ者や、これど世の中の、地獄だいもの 


組踊は、国立劇場などで上演されているわけですが、プロの組踊役者さんにより上演されている組踊以外の演目で、沖縄各地域で継承されている組踊演目も数多く存在しています。
今日は、各島々村々の人々により受け継がれている組踊ナンバーを紹介することにしましょう。

名護市屋部に伝わる大川敵打、久志の按司、本部大主、国吉之比屋など。1865年首里から伝わった、うくわんしんうどうい(御冠船踊)が元。1991年に県の無形文化財に登録。

読谷村喜名に伝わる忠臣護佐丸は、内戦時代(15世紀初頭)に中山地区で活躍した歴史上の人物護佐丸に纏わる物語。1906年に初演以来100年以上も地域で演じられている。

八重瀬町に伝わる身替忠女は、18世紀の作品。

竹富島に伝わる種子取祭は、600年以上の歴史がある国の重要無形文化財。
竹富島の種子取祭りで踊らている。

多良間島に伝わる八月踊りは、旧暦の8月8日に踊られている国の重要無形文化財に登録。

日本全国には、沖縄の組踊りのような普段国立劇場などで上演されていない地域で伝承されている文化財的歌舞劇が多く存在しています。日本旅行をする際には、このような文化財を見学をしながら旅行するのもよいかもしれません。多良間の8月おどりは、是非いつか見学に行ってみたいお祭りの一つです。

今日は、がらっと気分を変えてクラシック音楽ピアノリサイタル観賞にでかけます。
音楽会の感想は、また次の機会に改めて報告します。

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