I am practicing a classical song called "Kajyadifu" (Kagiyadefu) song
with my Sanshin.
The song is considered to be one of the most well known
沖縄古典音楽を象徴する「かぎやで風節」(別題名:かじゃでぃ風)の
扇舞は
扇舞は
祝儀舞踊として祝いの席や
舞台公演の幕開けで披露され
過去に何度踊ってきたことでしょう。
扇舞の基本型として、
道場でのお稽古は、
毎回この踊りで始まる。
幾度となく踊っているうちに
自分としては、
かぎやで風節を
理解しているものと思い込みがあったようだ。
いざ、
舞台公演の幕開けで披露され
過去に何度踊ってきたことでしょう。
扇舞の基本型として、
道場でのお稽古は、
毎回この踊りで始まる。
幾度となく踊っているうちに
自分としては、
かぎやで風節を
理解しているものと思い込みがあったようだ。
いざ、
かぎやで風節の曲を三線演奏し唄ってみると
まあ、なんとも難しい唄なのでしょうかと、
改めて実感させられます。
まあ、なんとも難しい唄なのでしょうかと、
改めて実感させられます。
唄わずして舞うだけでは
詩の解釈そのものが不十分であり
完成された「かぎやで風」とは言いがたいのでないかと
私は、今頃感じてしまったほど。
完成された「かぎやで風」とは言いがたいのでないかと
私は、今頃感じてしまったほど。
今日は、かぎやで風節の研究材料として、
上原直彦さんの説明文を
上原直彦さんの説明文を
おそれいりつつも、コピーさせて頂きつつ
ブログで紹介させていただきます。
ブログで紹介させていただきます。
上原さま、申し訳ありません。
2011年2月1日
琉球宮廷音楽。
記録本であり、教則本でもある「工工四」には上巻三七節、中巻二九節、下巻五七節、拾遺八一節。計二0四節が記載されている。そして、上巻の第一節目には「かじゃでぃ風節」が全曲を代表するかのように堂々としてある。戦前までの表記法では「かぎやで風」と書かれて、発音は「かじゃでぃふう」としているが、最近になって旧仮名遣いに親しみのない若い世代のために、発音通りの表記を併用しようという動きがある。これは大いに歓迎するべきではなかろうか。このことは、歌詞にも言えることだろう。
それにしても「かじゃでぃ風」なる楽曲は、魔力のあるひと節だ。歌三線を習得する場合、まず「かじゃでぃ風節」から入る。三線の基本音が織り込まれていると、専門家に聞いた。他の節に比べて、このひと節は多くの人に普及。さまざまな祝宴には、決まって冒頭に演奏されることからしても、普及度が計り知れよう。
それが公式の祝儀ではなく、誰が言い出すでもなく、最初は「かじゃでぃ風」に始まる。しかも、それまで膝を崩して坐っていた者も歌う人も、これまた誰に言われなくても正座して演奏し、聴き入るのだから沖縄人にとって「かじゃでぃ風」は聖歌なのかもしれない。
これら宮廷音楽には、五節づつ括った五節類がある。大昔節五節、昔節五節、二揚節五節がそれだが、御前風五節の中に「かじゃでぃ風節」は組み入れられている。
首里城内の東苑〈別称御茶屋御殿〉だったろうか、時の御主加那志(国王)の「御前」で演奏されたことから「御前風」の名が付いたと言われている。このひと節目が「かじゃでぃ風」で「恩納節」「中城はんためー節」「長伊平屋節」「特牛節」と続くのは周知のところ。また、御前風五節を漢字二文字で表すならば、かじゃでぃ風=歓喜、恩納節=優美、中城はんためー節=華麗、長伊平屋節=悠長、特牛節=荘厳と、研究者島袋盛敏氏は位置づけている。
3月4日、「ゆかる日まさる日さんしんの日」でラジオの正午の時報に合わせて、午後9時までの放送の内、都合9回演奏するのは「かじゃでぃ風節」。この曲節を毎時演奏することについて、当初から八重山の方々は「赤馬節」「鷲ん鳥節」にしてはと言い、宮古からは「とうがにあやぐ」をの意見、本島でも若い人たちも演奏できるように、流行りの「安里ゆんた」「てぃんさぐの花」の採用を促す電話、文章もあった。
しかし、主催側が「かじゃでぃ風」を固定したのには理由がある。その①老若男女問わず浸透している。②技術は別として演奏できる人口が多い。③沖縄人の聖歌的節曲。④日常的祝儀歌。⑤三線音楽の基本的楽曲などを吟味しての選択であった。
記録本であり、教則本でもある「工工四」には上巻三七節、中巻二九節、下巻五七節、拾遺八一節。計二0四節が記載されている。そして、上巻の第一節目には「かじゃでぃ風節」が全曲を代表するかのように堂々としてある。戦前までの表記法では「かぎやで風」と書かれて、発音は「かじゃでぃふう」としているが、最近になって旧仮名遣いに親しみのない若い世代のために、発音通りの表記を併用しようという動きがある。これは大いに歓迎するべきではなかろうか。このことは、歌詞にも言えることだろう。
それにしても「かじゃでぃ風」なる楽曲は、魔力のあるひと節だ。歌三線を習得する場合、まず「かじゃでぃ風節」から入る。三線の基本音が織り込まれていると、専門家に聞いた。他の節に比べて、このひと節は多くの人に普及。さまざまな祝宴には、決まって冒頭に演奏されることからしても、普及度が計り知れよう。
それが公式の祝儀ではなく、誰が言い出すでもなく、最初は「かじゃでぃ風」に始まる。しかも、それまで膝を崩して坐っていた者も歌う人も、これまた誰に言われなくても正座して演奏し、聴き入るのだから沖縄人にとって「かじゃでぃ風」は聖歌なのかもしれない。
これら宮廷音楽には、五節づつ括った五節類がある。大昔節五節、昔節五節、二揚節五節がそれだが、御前風五節の中に「かじゃでぃ風節」は組み入れられている。
首里城内の東苑〈別称御茶屋御殿〉だったろうか、時の御主加那志(国王)の「御前」で演奏されたことから「御前風」の名が付いたと言われている。このひと節目が「かじゃでぃ風」で「恩納節」「中城はんためー節」「長伊平屋節」「特牛節」と続くのは周知のところ。また、御前風五節を漢字二文字で表すならば、かじゃでぃ風=歓喜、恩納節=優美、中城はんためー節=華麗、長伊平屋節=悠長、特牛節=荘厳と、研究者島袋盛敏氏は位置づけている。
3月4日、「ゆかる日まさる日さんしんの日」でラジオの正午の時報に合わせて、午後9時までの放送の内、都合9回演奏するのは「かじゃでぃ風節」。この曲節を毎時演奏することについて、当初から八重山の方々は「赤馬節」「鷲ん鳥節」にしてはと言い、宮古からは「とうがにあやぐ」をの意見、本島でも若い人たちも演奏できるように、流行りの「安里ゆんた」「てぃんさぐの花」の採用を促す電話、文章もあった。
しかし、主催側が「かじゃでぃ風」を固定したのには理由がある。その①老若男女問わず浸透している。②技術は別として演奏できる人口が多い。③沖縄人の聖歌的節曲。④日常的祝儀歌。⑤三線音楽の基本的楽曲などを吟味しての選択であった。
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